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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)10386号 判決 1973年3月13日

原告

大井寿明

ほか一名

被告

本州自動車有限会社

ほか三名

主文

一  被告本州自動車株式会社、被告窪村久男、被告布施宜夫は連帯して、原告大井寿明に対し金八三万〇七七九円および内金七五万〇七七九円に対する昭和四五年一一月二七日から、残金八万円に対する昭和四八年三月一五日から、原告大井澄子に対し金三万円およびこれに対する昭和四五年一一月二七日から、各支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告らの同被告らに対するその余の請求および被告外山に対する本訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告らと被告外山および参加人との間に生じた部分は原告らの連帯負担とし、その余の被告らと原告らとの間に生じた部分は同被告らの連帯負担とする。

四  この判決主文第一項は仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告ら)

一  被告らは連帯して

原告大井寿明に対し金九九一、二九四円及び内金八九四、二九四円に対する昭和四五年一一月二七日から、内金九七、〇〇〇円に対する昭和四八年三月一五日から、完済まで年五分の割合による金員、原告大井澄子に対して金五〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四五年一一月二七日から完済まで年五分の割合による金員を各支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

(被告ら)

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決ならびに被告本州自動車有限会社、被告窪村久男、被告外山鶴房につき担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の求める裁判

(原告ら)

一  事故の発生

被告本州自動車有限会社の被傭者である被告窪村久男運転にかかる乗用自動車(多摩5き4844号以下窪村車という。)と被告外山鶴房所有にして被告布施宣夫運転にかかる乗用自動車(練馬5な4674号以下外山車という。)とは、昭和四五年八月二八日午前二時三〇分頃、東京都杉並区高井戸東三丁目二七番地先交差点上において衝突し、右交差点角に所在する原告大井寿明所有の店舗兼居宅に、右窪村運転にかかる車両を突入せしめ、為に原告所有の店舗及び商品等を破損せしめる事故を引きおこした。

二  責任原因

被告等は各自次の理由により、原告らに生じた損害を連帯して賠償する責任が存する。

(1) 被告窪村は永福町方面から久我山方面に向け、又被告布施は荻窪方面から高井戸駅方面に向け、各々前記自動車を運転し、本件信号機の設置してある交差点に差しかかつたものであるが、被告窪村は右信号機が赤色の信号を示していたのであるから同交差点の直前で停止すべき注意義務があるのにこれが直ちに青色に変るものと速断して制限速度四〇キロメートルのところを時速六〇キロメートルの高速度のまま車両を進行せしめた過失により、又被告布施は右信号機が黄色の注意信号を出していたことを認めていたので徐行のうえ左右道路から進入する車両との安全を確認すべき注意義務があるのにその安全を確認することなく漫然高速度のまま車両を進行せしめた過失により、同交差点の中央辺で両車両を衝突させ、ために右窪村運転にかかる車両をして右店舗に突入せしめる事故を惹き起したものであるから民法七〇九条による責任。

(2) 被告本州自動車はタクシー業を営む会社であり、そのタクシー運転者たる被告窪村の使用者として、同人がその事業の執行につき本件事故を起したから民法七一五条の責任。

(3) 被告外山は被告布施運転にかかる車両の所有者であり、その被傭者たる訴外長谷川守雄が被告布施に対して右車両を使用させて本件事故をひきおこしたものであり、右事実によると、被告外山は外山車の管理が不十分であり、又従業員である長谷川の監督が不十分であつたと言えないこともないが、これは被告布施が前記運転する一つの機会と結果的になつたにすぎず、訴外長谷川が無免許で運転したという事情までは認められない車両の所有者は、その車両が関係人の故意過失によつて無謀運転の用に供されることなきようその保管及び管理に充分の注意を払うべき義務がある。しかるに被告外山はこの注意を怠つていたため被傭者長谷川が同車を深夜新宿の盛り場に持ち出した上これを被告布施の無謀運転に供させこれによつて本件事故をひきおこしたものであるから民法七〇九条による責任。

三  損害

(1) 物損 金六九一七九四円

原告大井寿明は本件事故により、その営業する菓子店の店舗前面、商品陳列台等を破損されたため、次の如き各損害を受けた。

(一) 店舗正面の建具、硝子等の破損部分の補修、修理工事を余儀なくせられ、昭和四五年九月二二日訴外東愛建設株式会社に対して右工事費一六九、二〇〇円の支払をなし、同額の損害を受けた。

(二) 破損した電気冷蔵庫、シヨーケース等の取替を余儀なくせられ、そのため昭和四五年一一月二八日訴外名糖アイスクリーム代理店株式会社関口商店に対して二四〇、八〇〇円の、訴外城北乳業株式会社雪印牛乳杉並販売所に対して六〇、〇〇〇円の、各支払をなし同額の損害を受けた。

(三) 生牛乳、乳製品、袋菓子類等を毀損、汚染され、売買の用に供しえなくなつたことにより蒙つた損害合計五〇、五九四円および店舗用品(アイスクリームシヨーケース用カバー外六点)が破損され、これによつて蒙つた損害三〇、七〇〇円ならびに破損物件の搬出、跡かたづけのための人夫等に対する支払相当額の損害七五〇〇円。

(四) 各種ケース、袋物陳列台等の取替、修理配線工事等の為、昭和四五年一一月一日訴外株式会社白鳩店舗等に対し合計一七二、七〇〇円の各支払をなし、同額の損害を受けた。

(2) 休業損害 二二、三八五円

原告は右店舗で菓子等販売店を経営して本件事故前まで一日平均二、〇三五円の純益をあげてきていたところ、本件事故により昭和四五年八月二八日から同年九月八日迄の間止むなく休業した。これにより合計二二、三八五円の得べかりし利益を失い同額の損害を受けた。

(3) 慰藉料 一五万円

深夜突如として原告方店舗兼居宅に車両が飛び込んで来たことにより原告らはその平穏な生活を妨害せらるると共に、菓子類等の販売の営業に重大な支障をまねきこれにより受けた精神的苦痛は大であり、これを慰藉するには原告大井寿明に対し一〇万円、原告澄子に対し五万円の各支払を以て相当とする。

(4) 弁護士費用 九七、〇〇〇円

被告らは、本件賠償金の任意支払をしなかつたので已むなく、原告らは昭和四五年一〇月一五日弁護士舗孫蔵、同塩谷寛司に対して本件訴訟の提起遂行を委任し、原告ら請求額の五%相当額の手数料ならびに五%相当額の報酬を第一審判決言渡の日に支払うことを約し、同額の債務を負担した。

四  よつて原告らは被告らに対し第一の第一項記載の金員および同項記載の日から民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告本州自動車、被告窪村)

一  原告ら主張第一項の事実につき、その主張の日時、場所において窪村車と外山車とが衝突し、そのはずみで窪村車が原告らの家に突入したことおよび被告窪村が、被告本州自動車の被用者であることを認め、その余は不知。

同第二項中(1)のうち、被告窪村が赤信号を無視したとの点を否認し、永福町方面から久我山方面に向け本件事故現場に差しかかつたことを認め、被告布施が黄色信号であるのに本件交差点に進入したとの点を争い、その余は不知。

同項中(2)被告本州自動車、同窪村の責任に関する部分を否認し、その余は認める。

同第三項の事実は不知。

二  同被告らの主張

窪村車は乗客一人を乗せ、富士見台方面に向けて本件交差点を時速四〇キロメートルで青色進めの信号に従い通過せんとしたところ右側より信号を無視した外山車が進行してきて、窪村車の右側フエンダ側面に衝突し、そのはずみで窪村車は原告ら宅に飛び込んだもので、当時右交差点の信号機は正常に作動し、窪村車が青信号に従い、布施車が赤信号を無視したことは、窪村車の乗客並びに被告布施及び布施車の同乗者が自認しているものであつて、右事情を知悉している原告が被告本州自動車、同窪村を被告として本訴請求を提起するに至つたことは理解に苦しむ。

而して、本件事故による原告らの損害は、全部布施車関係の被告らが負担すべきものであつて、被告本州自動車、同窪村は何らの責任もない。

よつて、本訴請求は、右両被告に関する限り理由なきものとして、棄却されるべきである。

(被告外山)

原告ら主張第一項の事実につき、その主張の日時、場所において窪村車と外山車とが衝突し、原告らの家に突入したことは認めるがその余の事実は不知。

同第二項(3)の事実中、外山車が被告外山の所有であること、訴外長谷川が被告外山の被用者であることは認めるが、その余の事実は否認する。

同第三項は不知。

(被告布施)

原告ら主張第一項の事実を認める。同第二項(1)の事実の被告布施に過失ありとの点を争い、その余の事実を認める。

同第三項の事実は不知。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  原告ら主張の日時、場所において、窪村車と布施車とが衝突し、窪村車が原告ら方に突入したことは当事者間に争いがない。

二  そこで本件事故の過失関係、被告らの責任の有無について判断する。

〔証拠略〕を綜合すると次の各事実が認められ、この認定を左右するに足りる確証はない。

(一)  本件事故現場の状況は凡そ別紙図面のとおりである。交差する道路はいずれも制限速度時速四〇キロメートルである。

(二)  被告布施は外山車を運転し、荻窪方面から甲州街道方面に向け時速七~八〇キロメートルで進行し、本件交差点にさしかかつた際対面信号が黄色を表示していたにもかかわらず、赤信号になる前に通過しうると判断し、停止もしくは徐行することなく、そのまま交差点に進入しようとしたところ、交差点手前の横断歩道停止線付近前で信号が赤に変つた。

しかし同被告はこれを無視あるいは見落し、左右からの車はないものと考えそのまま進入したところ、折りから赤信号から青信号に変つた直後に、浜田山方面から久我山方面に向つて走行して本件交差点に進入して来た窪村車前部に自車前部を出合頭に衝突せしめ窪村車を原告らの居宅兼店舗に突入させ、自車を同宅角にある信号機柱に衝突させた。

(三)  被告窪村は訴外岩城勉を乗せて窪村車を運転し、浜田山方面から久我山方面に向け、時速約六〇キロメートルで進行し本件交差点にさしかかつたところ対面する信号機が赤を表示していたので一旦は減速して停止に備えたが、対面信号が青に変つたので時速六〇キロメートルよりやや減速した速度のまま、左右の安全を確認することなく本件交差点に進入した。このため前示の如く外山車に衝突された。

右事実によると被告布施には信号無視、制限速度違反、左右の安全不確認の注意義務違反があることが明らかであり、他方被告窪村にも被告布施よりその過失は小さいとは言え、制限速度違反、左右の安全不確認の過失があると言わなければならず、その過失割合は布施車八・五、窪村車一・五の割合になるものと認められる。

もつとも外山車の同乗者佐々木京子は同車の速度が時速四〇キロメートル程であつた旨述べ、窪村車の乗客であつた岩城勉は窪村車の速度が時速三~四〇キロメートルであつた旨述べているが、〔証拠略〕に照らしにわかに措信しがたい。

窪村車の速度が徐行程度に遅ければ窪村車と外山車との衝突位置から考えて、窪村車は後部を中心に回転、あるいは左側方に押されているはずであるのに、ほぼ両車の力関係が衝突地点で同一で力の方向だけが異なるような衝突後の軌跡をとつているところから見ると、両車の重量の差(セドリツクとルーチエ)を考えても窪村車(セドリツク)も相当な速度で本件交差点に進入していることを窺い知ることができる。

よつて被告布施、被告窪村両名とも民法七〇九条により後記原告に生じた損害を賠償すべき責任があり、又被告本州自動車は被告窪村の使用者であつて(当事者間に争いがない。)前記のように乗客を乗せてその業務執行中、本件事故を発生するに至らしめたことが明らかであるので同被告も民法七一五条の責任があると言わなければならない。

次に被告外山の責任の有無について判断する。

被告外山が外山車の所有者であること、被告外山は訴外長谷川の使用者であることは当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によると、

本件事故は、訴外長谷川が、被告外山のところから、同人のアパートに持ち出されていた外山車を、被告布施に運転させ、自らは助手席に同乗して新宿歌舞伎町から遊興の帰途発生したこと、本件事故当時外山建設こと被告外山のところには事務の女性一名のほか、初鹿、吉沢、井上、長田、長谷川の五人の従業員がいたこと、外山車は本件事故以前においても無免許である長田などに運転させることが時折あつたこと、

外山車のエンジンキーは普段は外山建設の壁掛けにかけてあり、外山建設の従業員であれば誰でも簡単に持ち出せる状態であつたこと、事故当時長谷川の年令は一九才か二〇才位、長田は二一才位であつたこと

の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる確証はない。

ところで、自動車は他人に損害を与える蓋然性の高い一種の危険物であり、それを保有する者は、その保管にあたつて、無免許者などに恣に運転されたりすることのないようにする注意義務があると言うべきである。その意味で被告外山に保管上の過失がないとは言い切れない。しかし、右注意義務違反は、第三者の故意、過失により発生した事故の場合、無免許の従業員に運転させて事故を起した等それを現実に予見し、あるいは高度の予見可能性がなければ、自己の行為支配圏外の出来事として、当該事故と相当因果関係あるものと言うを得ない。

そうすると、被告外山の右保管上の注意義務違反は運転資格者と弁論の全趣旨から認められる被告布施が運転中その過失によつて惹起せしめた本件事故と相当因果関係のある過失ということまではできず、被告外山にその道義上は責められても、民法七〇九条の責任まであるということはできない。

三  次に原告らに生じた損害について判断する。

〔証拠略〕によると、

原告大井寿明は但馬屋の屋号で菓子業を営み原告大井澄子と共に肩書住居地において、二階建のうち一階約五坪を菓子店舗にし、二階を住居用に使つていたこと、本件事故により原告寿明は、店舗、備品、商品等を破損され、これを原状に復するため一六九、二〇〇円を要する店舗の損害個所の修復費用を訴外東愛建設株式会社に支払い、破損されたアイスクリームストツカー二台分二四〇、八〇〇円を訴外有限会社関口商店に支払い、破損されたシヨーケース一台の代金六〇、〇〇〇円を訴外城北乳業株式会社に支払い、破損されたパンケース・吊りオープンケースの購入備付代金として一三三、〇〇〇円を訴外株式会社白鳩店舗に支払つたほか、乳製品原価二九、五二〇円相当分の商品および袋物原価二一、〇七四円分の商品を破損され、その他アイスクリームシヨーケース用カバー、カーテン、ケース、皿など三〇、七〇〇円相当の什器備品を破損されたこと、同原告はこの破損物品の取片付のために人夫を雇つたので、その費用として七、五〇〇円を出捐したこと、同店舗においては昭和四五年度において七三二、六四一円の純益が上つていたこと、本件修復工事のため原告らは一二日間休業を余儀なくされたことの各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によると破損物品代等は合計六九万一七九四円となる。ところで、このうち、パンケース・吊りオープンケースについては新調品であることが原告大井寿明本人尋問の結果から認められる。しかし事故前のものが特段著しく古かつたことの反証はないので評価価値上昇分は明らかでない。しかし一割程度の上昇があることは推認に難くないのでこの部分として一三、三〇〇円を控除すると残額は六七八、四九四円となる。又、店舗の修復工事部分も多少の耐用年数がのびることがうかがわれるが、この部分だけ独立して処分の対象となるものではなく、他の部分がその耐用年数が尽きた場合もしくは朽腐した場合にはこれと運命を共にするものと言わなければならない。さらに特段価値上昇があるとまで認めるに足りる反証もない。よつて、この修復部分だけを取り出して評価価値上昇を論ずることはできない。

前記休業による損害は次の計算により算出でき、その範囲内である原告大井寿明の二二、三八五円の主張は相当である。

七三二六四一円÷(三六五-一二)×一二

慰藉料については、原告らに肉体的な損傷は生じていないが、深夜にその居住する家屋の一階部分に飛び込まれて、住居の平穏を害され、又原告らに全く落度がないのに、被告ら間の責任の押しつけ合いで何ら被害弁償も受けられず、営業継続のための金策等に苦慮したことを鑑みると、その受けた精神的苦痛は社会的受忍の限度を超えていると認めざるを得ない。よつて受傷者の場合の慰藉料との対比等諸般の事情を考慮し、原告大井寿明には五万円、原告大井澄子に対し三万円をもつて慰藉するのが相当と認める。

原告寿明が本訴追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであり、これに証拠蒐集の難易、被告らの抗争の程度、弁護士費用の現実の出捐者、その他諸般の事情を考慮すると、原告寿明は弁護士費用として八万円をもつて被告らに請求しうると認めるのが相当である。

四  よつて原告らが被告ら(被告外山を除く)に対し連帯して主文第一項掲記の金員および記録上明らかな同項記載の日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるので認容し、その余の同被告らに対する請求、被告外山に対する本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条に従い、担保を条件とする仮執行免脱の宣言は相当でないから付されないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木一彦)

別紙図面

<省略>

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